読書記録65

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー

カナダのトロントで’71年に生まれたSF作家、コリイ・ドクトロウが’08年に発表した
4冊目の長編にあたる本書は、初のヤング・アダルト向け小説。ヒューゴー賞
ネビュラ賞という二大SF賞の最優秀長編賞候補となり、それらに次ぐSF賞である
ジョン・W・キャンベル記念賞、プロメテウス賞、ホワイトパイン賞のそれぞれ’09年度の受賞作となった。≪ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー・リスト≫に7週間リスト入りするなど全米でベストセラーを記録した。
サンフランシスコで未曾有の爆弾テロが発生。たまたま授業を抜け出し、友人3人と
ARG(代替現実ゲーム)を行おうとした‘ぼく’こと17才の高校生にして天才ハッカーのマーカスは事件に巻き込まれ、負傷した親友を助けようとして逮捕される。
‘ぼく’たちがネット上で不審な動きをしたかどでテロリストの疑いをかけ、拘束した
のは国土安全保障省(DHS)で、そこで屈辱的な扱いを受けた‘ぼく’は釈放後、
友人たちとガールフレンドの協力を得ながら“国民の自由とプライバシー”のために
強大な国家権力であるDHSと対決する。
DHSがテロ対策として市民が持つファストパスからその人の行動を追跡するなど、
ここで謳われているのは、国家権力が“本気”を出せば、ネット上で全国民の
プライバシーを完全に監視できる<警察国家>となる危機である。‘ぼく’は国家権力の影響の及ばないXネットなるもので、それらを妨害し、逆手にとって大規模な
逆襲大会を催すのだった。
ヤング・アダルト小説としての本書は、‘ぼく’がそんなふうに勇気と機転と
コンピューターの博学な知識を武器に、傷つき、悩み、真剣な恋を経験しながら闘う
ようすを描いた瑞々しい青春ストーリーである。
若者がハマり自在に操るネットの世界の詳細は、50過ぎの私にはいまひとつピンと
来なかったが、ネット上で国民を意のままに監視できる国家権力の脅威は、データが第三者によってゆがめられて悪用された場合、少し前の映画、サンドラ・ブロック主演の『ザ・インターネット』やウィル・スミス主演の『エネミー・オブ・アメリカ』、ジェフリー
・ディーヴァーのミステリー『ソウル・コレクター』等で紹介された通りであり、たとえ
それらが改竄・悪用されなくとも「9・11」以降、一層現実味を増してきた。
本書はネットやデジタル技術の脅威に警鐘を鳴らす意味でも興味深い一冊である。