読書記録77

ディーン牧師の事件簿 (創元推理文庫)

ディーン牧師の事件簿 (創元推理文庫)

80才となり、30年以上にわたる牧師の職を退いたサディアス・ディーンが6つの
<不可能犯罪>の謎を推理する、ハル・ホワイトのデビュー連作短編集。
かの“不可能犯罪の帝王”“密室の王者”ディクスン・カーの影響を受けたという
本格パズラーである。
『足跡のない連続殺人』:死の床にあった父の病室にベッドから窓に泥の付いた謎の足跡が。一転して屋敷を相続した5人兄弟の上3人が犯人の足跡がない孤立した
場所で次々に殺される。
『四階から消えた狙撃者』:別居中の夫が撃たれた。なぜが密室状態の狙撃現場から犯人と思われる妻は見つからず、別の場所で自殺体となって発見される。
『不吉なカリブ海クルーズ』:クルーズ船の密室状態の客室で自殺を装った殺人が
発生。その恋人の男は何者かに殴られて海に突き落とされた。
聖餐式の予告殺人』:教会の聖餐式の最中に牧師が誰の仕業か分からない不可解な状態で毒殺された。
『血の気の多い密室』:鍵が3つも付いた密室状態のアパートのロフトで画家である
夫人が心臓を刺されて殺された。
『ガレージ密室の謎』:教会主催の秋の収穫祭の準備中に密室状態のガレージで
マジシャン夫妻の夫が殺されていた。
ディーン牧師は、3年前に最愛の妻を亡くし、年老いたセントバーナード‘プパドッグ’と暮らしている。
著者ホワイト同様雨の日が好きで、宵っ張りで午前2時に床に就き午前10時まで
寝ている。愛車は16年乗っているおんぼろフォード。好物はバナナプディング
ミストサウナでリフレッシュする。そんな‘引退牧師’が一瞬のひらめきで、たちまち
“論理的”に謎を解明する。名探偵にありがちな偏屈さはかけらもないこの好人物の
古典的とも言える推理冒険譚の続編を期待するのは私だけではないだろう。

読書記録76

シンデレラの罠 (創元推理文庫 142-1)

シンデレラの罠 (創元推理文庫 142-1)

私がこれから物語る事件は巧妙にしくまれた殺人事件です
私はその事件で探偵です
また証人です
また被害者です
そのうえ犯人なのです
私は四人全部なのです
いったい私は何者でしょう
版元のフランス・ドノエル社がつくった内容紹介の宣伝文である。
本書は、こうして’62年10月(邦訳初版は’64年11月)、センセーショナルに世に
出たフランスの作家ジャプリゾの2作目のミステリーである。
こういう一見不可能な設定がミステリーでどう“論理的”に解決されるか。その1点に
注目して読んだ。
‘私’は火災に遭い、髪も、顔も、皮膚も燃えて、真っ黒な体になって、しかも記憶を
失っている。同年代の幼な友達がいる。余命いくばくもない億万長者の伯母さんの
遺産相続人である。なるほどこういうことか。2度読み返して充分とはいえないまでも
ようやくシチュエーションが頭に入ってきた。
あやうい人間入れ替わりらしい述懐、何かと暗躍する後見人の35才の婦人、ラスト
近くに登場する恐喝者。全217ページに凝縮された‘私’の一人称叙述による謎に
満ちたサスペンス。
本書は、深刻な性格描写や綿密な動機づけより、プロット全体のツイストを効かせる
ことを重視するというフランス・ミステリのエスプリである。ひとつ言わせてもらえば、
ひとり四役という宣伝文にあまりこだわったり惑わされたりせずに、素直にフランス流
サスペンス小説として読むほうが楽しめるだろう。

読書記録75

“ボストンの鬼才”デニス・レヘインによる、<探偵パトリック&アンジー>シリーズの
’10年上梓の第6弾。前作『雨に祈りを』(’99年、訳出は’02年)発表後、レヘインが
「ふたりをしばらく休ませてあげたい」と言って封印されてから実に11年ぶりの新作。
そして残念なことにシリーズ最終作である。
本書は、映画にもなり、クリントン米大統領が在任中、夏の休暇に別荘に持ってゆく一冊に選んだという第4作『愛しき者はすべて去り行く』(’98年、訳出された’01年
このミステリーがすごい!」海外編で第14位にランクイン)の後日談ストーリー
である。
設定はほぼ現実の時間経過どおり『愛しき者は・・・』から12年後。‘わたし’こと
パトリックは探偵を廃業し、結婚して妻と4才の娘の家庭を持っている。妻が将来の
ため学校に通っているので家計は苦しく、生活のため大手警備&調査会社の
正規雇用員に甘んじている。そんな‘わたし’のもとにかつて4才だったアマンダを
連れ戻して欲しいという依頼をした伯母が現れる。彼女は16才になったアマンダが
再び消えたので、また探して欲しいと言う。‘わたし’とアンジーの胸には当時の苦い
体験が甦る。
本書は、「貧民街に身を置き、軽口を叩きながらも心と体に傷を負いボロボロのふたりが降りかかる事件に対処し、さらに深手を負う」という、今までのシリーズのような深刻さはない。レヘイン自身も『愛しき者は・・・』の苦渋の結末とアマンダに対する負い目があり、いつかケリをつけたかったのだろう。怪しげで危ないロシア・ギャングや、詐欺を働くアマンダの実の母親やその恋人、一緒に姿を消したアマンダの親友、その親友のソーシャル・ワーカー、そして端役に至るまでの登場人物たちが、自分や家族の命が危険にさらされながらも、‘わたし’の機知に富んだ比喩と皮肉と共に、さながら
スラップティック・コメディーのごとくテンポ良くストーリーが展開していちおう落ち着く
べきところに落ち着く。
<探偵パトリック&アンジー>の今、そしてこれからを、なるほどこういうシリーズの
終わらせ方もあるのか、と思いながら楽しんで読んだ。

読書記録74

弁護人〈上〉 (講談社文庫)

弁護人〈上〉 (講談社文庫)

弁護人〈下〉 (講談社文庫)

弁護人〈下〉 (講談社文庫)

アメリカの中堅人気作家スティーヴ・マルティニによる、弁護士<ポール・マドリアニ>シリーズの’99年発表の第5弾である。
先日、この2月に邦訳された第8弾にあたる『策謀の法廷』(’05年)を読んで、その
読み応えに感銘を受けて既刊の作品を探して読むことにした5冊目である。
愛娘セーラの11才という年齢と、妻ニッキーが他界した年から類推して、前作
『裁かれる判事』事件解決からおよそ3年後。‘わたし’ことマドリアニは、活動の拠点をカリフォルニア州の州都サクラメントから州南部・メキシコとの国境に近いサンディエゴに移した。本書で重要な役割を果たす新しい恋人でサンディエゴ児童保護局長
スーザンの存在も大きかった。
そんな‘わたし’のもとに10年以上前、新人弁護士時代の古い知り合いヨナが
訪れる。ヨナは元工場労働者で今は高額な宝くじ当選長者だ。彼は麻薬常習者の
娘に連れ去られた孫娘アマンダを取り返して欲しいと言う。この“誘拐”には過激な
女性擁護組織がからんでいた。組織に対する怒りに燃えるヨナだったが、その組織の女性代表が射殺死体で発見されるに及んで、第一級謀殺の容疑で逮捕・起訴されてしまう。
アリバイもなく、明らかな物的証拠から、シリーズを通してみても絶望的に不利な裁判にのぞむ‘わたし’だったが、メキシコの麻薬密売組織がからんで、重要な証人と
なるべき者が消され、‘わたし’にも魔の手が伸びる・・・。
本書は、法廷での攻防はもちろん、シリーズ第2作『重要証人』以降で見られる、ラストの法廷外の体を張ったアクションでの解決に読み応えがあるが、さらにその先に
“どんでん返し”も用意されていた。まさに“謎解き派”リーガル・サスペンスと呼ぶに
ふさわしい作品である。

読書記録73

wakaba-mark2011-05-20

裁かれる判事〈上〉 (集英社文庫)

裁かれる判事〈上〉 (集英社文庫)

裁かれる判事(下) (裁かれる判事) (集英社文庫)

裁かれる判事(下) (裁かれる判事) (集英社文庫)

アメリカの中堅人気作家スティーヴ・マルティニによる、弁護士<ポール・マドリアニ>シリーズの’95年発表の第4弾である。’01年にクリス・ノース主演でTVドラマ化
された(写真右上)。
先日、この2月に邦訳された第8弾にあたる『策謀の法廷』(’05年)を読んで、その
読み応えに感銘を受けて既刊の作品を探して読むことにした4冊目である。
前作『依頼なき弁護』事件解決から約1年後。‘わたし’ことマドリアニは、第1作
『情況証拠』での因縁の仇敵アコースタ郡裁判所判事、「縮れ毛で肌が浅黒いという
外見なのに、中身が雪のように真っ白だということで“スペインのココナツ”と呼ばれている」(『情況証拠』上巻80ページ)の弁護を彼の妻リリの強引な要請で引き受ける。アコースタは、警察の風俗犯罪課の囮捜査にひっかかり、売春教唆容疑で逮捕され、さらにその囮をつとめた警察科学専攻の女子大生が殺害されるに及んで、第一級
謀殺の容疑者として起訴されたのだ。
情況および物的証拠で不利なこの裁判をめぐっては、‘わたし’は第2作『重要証人』で同僚だったルノーゴヤ郡検事補、「ほっそりとした長身、肌は浅黒くファッションモデルのようなすっきりとした鼻筋と張りだした頬骨」(『重要証人』上巻86ページ)本書では首席検事と折り合いが悪く馘になり‘わたし’の事務所の弁護士となった彼女が重要な役割を演ずる。また、‘わたし’はシリーズで初めて“危うい綱渡り”のような“禁じ手”を使うのだった。
読みどころは例によって下巻の大半を占める法廷シーンである。検事側の論証で局面が変わり、次いで‘わたし’の弁護側の証言でまたがらっと局面が一転する。
さらに本シリーズの特長である、法廷での勝敗もさることながら、ラストのラストで
真犯人を暴かれる“謎解き”の興趣も見逃せない。とりわけ本書では、被害者の
私生活とその5才の娘の証言、警察労働組合内部の不正・腐敗と、冒頭から最後まで伏線がよく効いている。
本書は、マルティニの繊維、眼科、金属科学の専門知識の綿密な取材を活かした
緊迫の法廷シーンと、驚愕の真犯人と逆転勝利の意表をつくヒントが読む者を
捕らえて離さない秀作である。

訃報 児玉清氏逝く

wakaba-mark2011-05-18

昨晩、突然の訃報が飛び込んできました。
世間ではソフトな語り口の名優、
36年間続けてきた『パネルクイズ・アタック25』の
名司会者として有名ですが、
私にとっては尊敬する「読書」の世界の大先輩。
翻訳書を待ちきれず原書で読む海外のミステリー。
NHK・BSの『週刊ブックレビュー』のやさしい、本好きが滲み出る長年の司会ぶり。
数多くの文庫への解説。
稀代の読書家としての知的なたたずまいが偲ばれます。
児玉氏に教えられて、海外ミステリーの楽しみを知った、
とりわけジェフリー・ディーヴァーマイクル・コナリーのとりこになった
といっても過言ではありません。
実に惜しい人を亡くしました。心からご冥福をお祈りいたします。

http://d.hatena.ne.jp/wakaba-mark/20070308

読書記録72

依頼なき弁護(上) (集英社文庫)

依頼なき弁護(上) (集英社文庫)

依頼なき弁護〈下〉 (集英社文庫)

依頼なき弁護〈下〉 (集英社文庫)

アメリカの中堅人気作家スティーヴ・マルティニによる、弁護士<ポール・マドリアニ>シリーズの’94年発表の第3弾である。
’96年、「このミステリーがすごい!」海外編で同点第12位にランクインしている。
先日、この2月に邦訳された第8弾にあたる『策謀の法廷』(’05年)を読んで、その
読み応えに感銘を受けて既刊の作品を探して読むことにした3冊目である。
前作『重要証人』事件解決からおよそ2年後。『情況証拠』では別居中、『重要証人』
ではよりを戻した、18年間連れ添った‘わたし’ことマドリアニの妻ニッキーが7才の
愛娘セーラを残して肺癌で39才という若さで他界した。3才年下の妹ローレルのことを‘わたし’に託して。ローレルは離婚した夫である州議会議員とその若い再婚相手
メラニーとの間で子どもたちの監護権をめぐって家裁で修羅場を演じていた。
折も折、メラニーが浴室で夜射殺されるという事件が発生。捜査陣は事件発生直から姿を消したローレルを第一級殺人の容疑で指名手配する。‘わたし’は成り行き上
2日後に隣州で逮捕された彼女の弁護を引き受ける。
上巻では、例によって情況的には圧倒的に不利な公判に向けて、重要な目撃証人を捜し求める‘わたし’だったが、その関係者は爆弾で殺され、手がかりをたどって
ハワイまで赴くもののあと一歩及ばなかった。
下巻、このシリーズの読みどころ、切れ者の女性検察官との公判シーンが展開
される。
そして、このシリーズのお約束、最後の最後に瞠目の“大どんでん返し”、さらに、
殺し屋との攻防の果てに思いもよらぬ真相が待っていた。とにかく読者は意表を
つかれっぱなしだ。
この、俳優のジョージ・クルーニーを彷彿させる眼光鋭い知的な容貌のマルティニは、‘わたし’の目を通したアイロニーに満ちた人間観察と博識な訴訟知識、とりわけ今回は政治と医学の知識も動員して、二転三転、いや四転五転する、シリーズ屈指の雄編を紡ぎだした。